こちらは兵庫県立洲本高校 公式 同窓会ホームページです。

学校長からの言葉

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2017年05月15日

「創立記念式」

 同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動に、多大なるご理解とご支援を賜っておりますことに、厚く御礼申し上げます。洲本高等学校は今年で創立120年を迎えます。詳細は、同窓会総会でお知らせいたしますが、現在、10月21日に創立120周年記念式典の準備を進めております。

 5月10日は創立記念日でした。定時制は5月9日に、全日制は5月10日に創立記念式を行ないました。創立記念式では、全日制も定時制も、校長の式辞(各HPに掲載)の後、校歌を高らかに歌い上げます。全日制では「思い出の校歌」として旧制洲本中学校と淡路高等女学校の校歌を聴き、定時制では「応援歌」を歌います。私の式辞は毎年ほぼ同じです。新しいことを付け加えたりはしません。創立記念式の目的は、「洲高」とはどういう学校かを知り、愛校心を高め、「洲高生としての誇り」を涵養することだからです。毎年、以下のように結びます。

photo.jpg  …これまでの120年、洲本高等学校はそんな学校でありました。これからもそんな学校であり続けなければなりません。私たち世代に課せられた使命は、洲本高等学校創設の精神を受け継ぎ、それをさらに次の世代に受け渡していくことです。それが歴史であり、伝統であり、それを守り伝えていくことが、今を生きる私たちの「使命」であり「誇り」なのです。今日は、本校の「歴史」と「伝統」そして私たちの「使命」と「誇り」について話をしました。本校の「歴史」と「伝統」、そして自らの「使命」と「誇り」について今一度確認する。「創立記念日」とはそういう日なのです。ともに精進を重ねましょう。

 5月9日の定時制創立記念式では、平成17年度、18年度に本校定時制教頭として勤務いただいた岩本文男さん(のち県立湊川高等学校校長)のお話しです。演題は「私の第二の人生」。現役の頃から心臓に疾患を抱えながら勤務し、退職後、大きな手術をして一命を取り留めました。その後は「拾いものの人生」と思って、小野市の実家で様々な野菜、果物づくりに取り組み、さらには手作りのログハウスやピザ焼き石釜で地域の人々と豊かに、楽しく暮らしている様子を、たくさんのスライドを用意したパワーポイントで話していただきました。実のところ、最初は、校長として内心「見知らぬおじさん」の野菜や果物作りの話を、生徒は静かにきくだろうかと心配しました。しかし、実際は、生徒たちは静かにしっかりと岩本さんのお話を聞いていました。さらには「作った野菜・果物を道端で販売するのに、警察や保健所の許可がいるのですか」という質問も飛び出し、「生鮮野菜・果物は何の許可もいりません」との回答をいただくと、「貴重なことをお聞かせいただきありがとうございました」と丁寧に礼を述べていました。最後に、岩本さんからは「最後まで静かに聞いていただきありがとう」と反対にお礼を言われました。校長としてこれほど嬉しいことはありません。

photo.jpg  5月10日の全日制創立記念式後には洲本高等学校52期の大継康高さんの記念講演がありました。35歳。洲本高等学校卒業後、京都の大学を経て、映像制作会社に就職、テレビ番組やCMの制作現場で映像づくりを学び、2012年に独立して設立した映像制作会社「海空」の代表です。演題は「海の映画館をつくろうプロジェクト」。もともと高校の地理歴史の教師になりたかったそうですが、それを断念して今の仕事へ。大継さんは、大学の時も就職してからも、躓いたとき、困ったときにはふるさと洲本に帰ってきて、大浜海岸で「ボーッ」と海を眺めていたそうです。「この大浜海岸で、海をバックにして映画を上映する映画館ができたらといいなあ」と考えていたとのこと。昨年、ついにこの長年の夢を実現させました。「うみぞら映画祭in淡路島」(右は今年のポスター)。自らの初めての監督作品「あったまら銭湯」(主演笹野高史 洲高昭和42年卒19期)も上映しました。

photo.jpg 大継さんは「自分のような若造が映画祭を企画するには本当に多くの人に助けていただいた。ふるさとは素晴らしい」と話していました。講演の最後の質問コーナーでは、3年生の女子が「映画祭のチケットはいくらですか? 高校生の割引はないのですか?」との質問がありました。大継さんはからの「事務所と検討します」との回答に、会場から大拍手がおこりました。夕刻、高校生1,000円券を800円に、2,000円券を1,500円に割引すると連絡が入りました。何でも言ってみるものです。そして、このあたりの「ものおじしない」ところが洲高生なのですね。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2017年04月17日

 同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動に、多大なるご理解とご支援を賜っておりますことに、厚く御礼申し上げます。新しい年度が始まりました。全日制では8人の方(再任用・引き続きの臨時的任用者含まず)、定時制では2人の方(同)を迎えました。新年度のはじめ、洲本高校のミッションとビジョンについて、全日制・定時制ともに教職員に話をしました。それぞれのホームページに掲載しています。

1 教育のミッション(課題)
 私たちの課せられた教育のミッション(現在の教育課題)は二つあります。 
 (1) 格差の連鎖を断つ ~子どもの格差問題~ 
 一つは「子どもの貧困」問題です。これはもう社会問題と言ってもよいくらいです。平成26(2014)年には「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行されました。教育には、資産格差、雇用格差、教育格差等から生じる貧困の連鎖を断ち、生まれ育った環境(経済的・文化的な環境)が、子どもの将来に与える影響を低く抑え、格差を低減させる役割が託されています。健全で、活力ある社会を、維持し、発展させるために教育に課せられている期待は大きいのです。

 最近の日本では、教育の分野でも自己選択と自己責任を重視する市場主義(自由尊重主義(リバタリアニズム)といい、その考えを信奉する人をリバタリアン(自由尊重主義者)という)が広がっています。確かに、社会の市場化と自由化は、全ての人に、その気さえあれば自力で未来を切り開く可能性を広げてくれます。しかし、その反面社会的弱者を確実につくりだします。現に「子どもの貧困」が多くの子どもから将来の自立の基盤を奪っています。子どもにとって、教育が自立の基盤であるのはいうまでもありませんが、教育を受ける機会は、子ども自身の意欲にもまして、親の所属階層と家庭環境に左右されるからです。そこに公助の体制が細り、共助もゆらいでくると、不平等が生じる責任はもっぱら個人に課せられていきます。結果として、教育を受ける機会は階層ごとに固定され、教育が階層を再生産していくこととなります。現在は、こうしたポスト福祉社会の仕組みが、そのまま人々に受け入れられてしまいかねない分岐点にあるのです。 

 教育の分野で自己選択と自己責任を重視する考えが広まることは、自己選択できなかった(具体的には、公立学校しか選ぶことができなかった)子どもたちへの視点が抜け落ちてしまうことになります。行き着く先は、私たちの社会が、親世代の階層よって固定化され、その結果として社会全体の活力が失われていくだけではなく、これまで私たちの社会の基本的な理念であった「教育の機会均等」が、実質的に空洞化されていくことになります。

 (2) 社会の変化に対応する資質や能力の育成 
 二つ目が、変化が激しく、予測の難しい社会で生き抜いていく資質や能力を身につけた「人財」を育成することです。21世紀に入り、内閣府の「人間力」(2003)、経済産業省の「社会人基礎力」(2006)、中央教育審議会の「社会を生き抜く力」(2013)、国立教育政策研究所の「21世紀型能力」(2013)と、様々な「○○力」が発表されています。これら「○○力」はすべて同じ危機意識から発しています。未知の問題に答えを見出す「思考力」、多様な価値観を持つ他者と協働して問題を解決する「実践力」を身につけた人財の育成です。そこで、今、学校では、「どのように学ぶか」という学びの質や深まりが問われています。

 こういう時代に求められる力とは、与えられた問題の解を、教えられた方法によって探し出す力では決してありません。与えられた問題の解を、自ら編み出した方法によって導き出す力でも不十分です。自ら自由に問題を設定し直して、新しい解を探っていく力。時には、所与の条件そのものを疑ってかかるような柔軟な考え方、問題の設定そのものを自ら設定し直す力まで求められます。言い換えれば、既存の社会や組織のシステムやフレーム、それ自体を変えていく力が求められるのです。その「力」の源こそが「教養」です。

 「教養」という概念の元は、ラテン語の“humanitas”(フマニタス)です。人間性を意味するhumanityの語源ですが、自由人である市民の「人としての嗜み」を意味しています。「教養」とは、英語で“liberal arts”といいます。“liberal”とは「自由な」という意味で、ここでいう自由とは、誰かの指示でもなく、誰からも束縛されず、自分で判断して行動できる人間としての「自立」をいい、“liberal arts”とは、そういう自立した人間に必要な知識・技術のことをいいます。また、私は、「教養」には二つの意味があると考えています。
 一つは、今、学んでいることは、その学問体系の中でどういうところに位置するのかがわかることです。当該の教科・科目の「学問」の中で、自分がいる場所を俯瞰する力(マッピング“mapping”力)です。今、学んでいる「自分の立ち位置」を知ることです。
 もう一つは、立ち居振る舞いの適切さです。英語では“decency”(礼儀正しさ)といいます。教養のある人とは、自分がどういう場面で、どういう行動・振る舞いをすることが求められているかがわかっている人のことです。洲本高校で、「洲高生らしく」というのは“decency”を身につけろということ、つまり「教養のある人になれ」ということです。

2 洲本高等学校のビジョン(全日制)
 まず、全日制についてです。この4月に入学してくる生徒は、神戸の三つの学区と淡路学区が一緒になった、新しい第1学区の複数志願選抜制度3年目の生徒です。第1学区の複数志願選抜制度は、神戸・芦屋・淡路地区の普通科・普通科単位制・総合学科計25の高等学校を一つにして合否と合格校を決定します。洲本高等学校は第二志望とする者が一番少なく、ほぼ全員が第一志望で合格するという数少ない学校の一つです。それだけ中学生と保護者の本校の教育力への期待が高いのです。入学予定者のほぼ全員が第一志望といっても、上位は神戸地区の進学校に匹敵する学力の生徒から下位の生徒まで、幅広い生徒が入学しています。私は、成績上位の生徒もさることながら、成績下位に位置する生徒の「学力の下支え」こそ大切であると考えています。教職員には、成績上位の生徒も、そうでない生徒も、全ての生徒が学ぶ喜び、学ぶ意欲を失わない指導をお願いています。全ての生徒が学ぶ意欲を失わない学習環境こそ、それぞれの持てる力を遺憾なく発揮できる原点です。まさに専門職としての教師の力量が問われるところです。教育は英語でeducation、これは持てる力を外へ引き出すことを意味します。

 今、学校の授業では、「何を」「どのように学ぶか」という学びの質や深まりが問われています。キーワードは「アクティブラーニング」です。主体的・自立的・協働的学習のことを意味します。その中でも「協働的である」ことが重視されます。「アクティブラーニング」については、本校ではすでにそれを実践してきています。本校での総合的な学習の時間「しんか」です。3年生の2単位、それぞれの進路、興味や関心に応じた14の講座で、個人やグループで課題を研究し、発表する授業が行われています。

 新しい年度も、「生徒の学ぶ意欲の向上」のために、(1)「生徒による授業評価週間(全・定)(6月、12月)」の全教科・科目で継続します。目標を肯定的評価90%として、各教科で改善点レポートと改善点を中心に研究授業の実施をお願いします。(2)ロングテスト(基礎・基本の完全習得)を実施し、それぞれの教科の基礎的基本的事項(知識)を徹底的に身につけるようにします。課題に正対し、論理的にものごとを考え、自分の異なる考え方を持った他者に対して説得力をもって話すためには、基礎的な知識は必要です。「知識の真空地帯」では独創性は生まれないからです。(3) 「週課題」として、一週間の各教科の課題をまとめて課します。一週間というまとまったスパンで、計画的に学習する習慣を身につけることを促すためです。(4)「しんか」(総合的な学習の時間)では、2年1単位、3年2単位で、課題を探究し、まとめ、発表する学習を実施します。(5)キャリア教育の一環として、1年で「職業探究ワークショップ」、2年で「学問探究ワークショップ」を実施し、外部講師を招き、現在の学びと自らの将来(キャリア)を意識させます。

3 洲本高等学校のビジョン(定時制)
 次ぎに、淡路島の唯一の定時制高校である洲本高校定時制に与えられたミッションです。本来、定時制は、「働く青少年に高校教育を保障するとともに、多くの有為な人材を育成する」という目的で設置されました。もちろん社会環境の変化の中で、現在では過年度卒業者や不登校経験生徒など多様な生徒を受け入れているのが現状です。しかし、設立以来変らないものがあります。それは、生徒たちに社会人として必要な基礎学力を定着させ、卒業と同時に社会で自立した人間を育てることを目指してきたことです。生徒たちに、社会で自立していく「力」をつけるという点は変ってはおらず、また変えてはならないものです。

 社会の変化に対応する、洲本高校定時制の取り組みのキーワードが「学び直し」です。洲本高校でいう「学び直し」には二つの意味があります。一つは、小学校・中学校で「学び残してきた部分」を、高校生としての発達段階をも配慮して、もう一度学ぶということです。あと一つは、何らかの理由で一度は高校を離れたけれども、やはり「高校で学びたい」「高校卒業の資格をとりたい」と考える人に、再び学ぶ機会を提供するという意味です。

 私は、生徒たちに、まず学校に来る、そして授業をしっかり受けて学ぶ、さらには学んだ「成果」をいかし自らの将来への道筋をつける、と機会ある毎に話し続けてきました。私は、高校で学ぶということは、三つの点で成長することだと思っています。
 一つは「知識が増える」ことです。英単語や数学の公式等これまで知らなかったことを知るようになります。新しい「知識」が増えるのです。二つ目は、部活動、ボランティアという体験活動によって「視野が広まる」ことです。体験をつうじて自分とは違う行動や考え方をする人に出会います。そうすることで「そういう考え方もあるんだ」とか「こういう方法もできるんだ」と自分自身の考え方が広まるでしょう。それが「視野が広まる」ということです。三つ目は「意識が深まる」ということ。インターシップ、ボランティア等で仕事を任されることによって「しっかりしなくては」と思い、「もっといい方法はないか」といろいろ工夫します。それが「意識が深まる」ということです。そうなれば、それは誰かに命令されてする「受け身の仕事」ではありません。「自分の仕事」です。仕事を任され「もっといい方法はないか」と思案するとき、役に立つのがこれまで学んだ「知識」であり、自分とは違う行動や考え方の人と出会うことによって身につけた「視野の広さ」です。その域に達すれば、三つの成長が統合されます。それが高校で学ぶということです。

4 学校予算
 学校予算については、県財政がまだまだ厳しい状況にありますが、予算・決算について教職員全体で内容を共有化し、生徒に関わる事項(旅費、課外活動委託料)を最優先事項として実施していきます。教職員には、不要不急の事柄についてはひきつづき節減・節約の協力をお願いしています。また、引き続き毎学期の始めに「危険箇所チェック」を行います。老朽化した部分も多い施設設備を定期的に丁寧にチェックすることで、生徒の安全・安心を確保していきます。結果、本校から財務課への補修等の要求をたくさん上げることとなりますが、それは施設・設備を大切に使っている本校の職員の姿勢を示すことになります。

 先ほども触れましたが、本校の教育は、明治30年の創立以来120年間にわたり、保護者や地域の方々の協力と支援のもとに教職員と生徒諸君が互いに切磋琢磨し、営々と営まれてきました。同窓会を中心に、今年の秋には、ドラゴンクエストの生みの親で、現在もゲームクリエーターとしてトップを走られている、本校24期の堀井 雄二さんを記念講演者に迎えての創立120周年記念式典はじめ様々な記念事業が準備されています。
 校長は数年、先生方も長くても十数年で変わります。しかし、学校は何十年と変わるものではありません。むしろ変わってはならないものです。洲本高校の特色とは、創立以来120年の長きにわたって私たちの先輩が大切にしてきたものを守り伝えていく教育活動にあります。そういう歴史と伝統を持つ学校で学んだという事実が持つ「効果」は数値では計ることができませんが、人が生きていく上で一番大切なものである「自信」と「誇り」となります。フランスの小説家サン=テグジュペリが、彼の代表作『星の王子様』の中で「大切なものは、目に見えない(what is essential is invisible to the eye.)」といったとおりです。

 平成29年度も、この4月に新たに着任した者も含め教職員が一丸となって、明治30年創立以来120年にわたって営まれてきた本校教育の殿堂に、さらなる「黄金の釘(こがねのくぎ)」を打ち加えていく決意でありますので、同窓会の皆さまには、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2016年09月06日

 同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動に、多大なるご理解とご支援を賜っておりますことに、厚く御礼申し上げます。

 夏休み中の8月18日と19日の2日間、洲本高校全日制オープンハイスクールを実施しました。2日間で、中学生433名、保護者146名、中学校の先生22名の合計601名の方が事前に申し込みいただきました。当日、急遽参加したという人もいらっしゃいますから、実質もう少し多かったかも知れません。601名の参加者というのは、平成25年に夏休みの2日間で開催するようになってから最多の数です。それだけで私たちは責任の重さに身の引き締まる思いがいたします。

 来年度の入学者選抜は、学区が拡大するとともに複数志願選抜制度が導入されて3回目の入試になります。この間、平成25年度からは、学区の拡大と複数志願選抜の導入によって、中学生とその保護者の間に広がる「不安」を解消するため、淡路島内3市での高等学校説明会の開催、夏休みのオープンハイスクールなどを行なってきました。当初の目的こそ学区の拡大と複数志願選抜の導入による中学生と保護者の「不安」を解消でしたが、本当の目的は高等学校、この洲本高等学校をもっとよく知ってもらうということです。

 中学生や保護者、中学の先生の関心は、洲高に入学すれば「何を、どのように学び、その結果どういう力がつくのか?」にあります。「何を、どのように」というのが「体験授業」で、洲高オープンハイスクールの目玉です。2日間で8教科20の講座を用意しています。

 「体験授業」の目的は、洲本高校での「授業」を中学生に体験してもらうことですが、本当の目的は「学ぶということはどういうことか」を自分の体で体験してもらうことです。中学生の感想にもありましたが、「学ぶこと」の目的の一つは「新しい知識を得ること」です。新しい知識が増える。それは成長です。二つ目が「考え方が広まる」ことです。洲高の授業では、知識だけではなく「考え方を学ぶこと」に力を入れています。「考え方を学ぶこと」により「こういう考え方もできるのか」と気づくこと。これも「成長」です。そして、一番の目的が「学ぶ意欲を高める」ことです。

 子どもたちは「学び」への動機付けを、生まれながらに持っているわけではありません。彼らを「学び」に導くのは、大人の、そして一番身近にいる教師の責任です。「学ぶ」ということは「自分が何を知らないのかについて知る」ということです。子どもたちを「学び」に向かわせるには、「自分は何が知らないかを学ばせること」が一番です。しかも、その方法は、やさしく、丁寧に、です。そうすれば、苦手な「数学」も楽しみになります。わかるようになりたい「意欲」、わかるようになる「期待」が生まれるからです。

 私は、毎年、「体験授業」を担当する先生に、「相手は中学生ですが、決してレベルを中学生向けにやさしくしたりしないで下さい」と言っています。その一方、やはり相手は中学生ですから、「丁寧に、しかもにこやかに、授業をしている先生自身が授業を楽しんでいることが伝わる授業をしてください」とお願いしています。

 次に「洲高で学んだ結果、どういう力がつくか?」です。「結果」とは「進路実績」ということになるのでしょう。しかし、それに加え、入学した生徒が「どのように成長するのか?」も問われます。「洲高で学べばどのような生徒に成長するのか?」です。それには、今、洲高で学んでいる生徒を見てもらうのが一番です。

 オープンハイスクールでは、学校の概要説明、授業への案内等も生徒会が中心となって行います。司会も生徒です。前日には部活の生徒たちが一生懸命掃除をしてくれました。中学生は、そういう生徒たちを見て、「あのようなお兄さん・お姉さんになりたい」と思い、「洲高に来ればなれるんだ」と思います。それは1年前、2年前、3年前の洲高生です。お世話をする生徒も、「来年には自分の後輩となるかもしれない中学生のために」ということで意識が深まります。これは1年前、2年前、3年前の洲高の先輩の姿でもあります。こうやって、歴史と伝統はつながっていくのです。

 英国の精神科医D.レインは「ひとは自分の行動が意味するところを、他者に知らされることによって教えられる、言い換えると、自分の行動が他者に及ぼす効果によって、自分が何者であるかを教えられる」(『自己と他者』みすず書房)と言いました。心理学者エリクソンによれば、青年期は「私とは何か」「自分が何者であるのか」を問い、その答えを求めて思い悩む時期です。「私とは何か」とか「自分が何者であるのか」という問いは、レインも言ったように、他人の中に自分が意味ある場所を占めているかどうかにかかっています。そこに成長があるのです。2日間のオープンハイスクールで、「自分の後輩となるかもしれない中学生のために」と頑張ってくれた生徒たちの姿は、当日参加した中学生の胸にしっかり刻まれました。「あのようなお兄さん・お姉さんになりたい」、「洲高に来ればなれるんだ」というかたちでです。

 今、高校は大きく変わりつつあります。保護者の皆さんが高校生であった20年近く前とは大きく様変わりしています。その一つが「授業」です。洲本高校では、全日制でも定時制でも、6月末と12月の一週間、「生徒による授業評価週間」を行なっています。一週間、すべての教科・科目で、生徒による「評価」を行い、その結果に対して、教師が改善方法をレポートで提出します。よりわかりやすい授業づくりのためです。「なぜ?」を「わかった!」に変える授業であり続けるためにでもあります。子どもたちの「なぜ?」という素朴な疑問を大切にして、それを「こんなもんなのだ」という妙な割り切りや、妥協でなく、純粋に「わかった!」に変えていく授業であり、教師であり続けるためにです。

 フランスの社会学者P.ブルデューは、人が「豊かになる」には三つのことが必要だといいます。一つは、お金・資産に、道路や鉄道といったインフラストラクチャーも含めたもので、「経済資本」といいます。経済的に「豊か」になれます。二つ目が「文化資本」で、知識や教養、技能、趣味の良さ、振る舞いの適切さ、学歴などを含めたものです。精神な「豊かさ」を保障します。そして、三つ目が「人間関係」が生み出す力のことで「社会関係資本(social capital)」といいます。人と人との関係を「豊か」にします。

 「社会関係資本」とは、人と人との間に存在する信頼、つきあいなどの人間関係のことを意味します。それらはなぜ資本なのかというと、私たちは見ず知らずの人に頼むより顔見知りに頼む方が、話がずっと上手くいくということを経験的に知っています。単に「顔見知り」であるということだけで、ものごとが格段に進むのです。そういう点から人間関係の「豊かさ」こそ、私たちの社会を豊かなものにする「資本」であると考えるのです。

 現在は少子高齢化社会。淡路島はどんどん人口が減っています。大学進学等のため、若者が一旦は島外へ出て行くのは仕方がありません。しかし、どなたでも、いずれは地元に帰って来て欲しいと思っていらっしゃるでしょう。いずれ地元に帰った時にものをいうのが、神戸や明石ではない、「地元の高校」を卒業しているという事実です。「○○高校の卒業です」、「あなたも○○高校ですか」という何気ない会話が、人々をぐっと近づけ、信頼を一気に勝ち取る働きをします。「人脈の力」、「社会関係資本」です。

 洲本高等学校に入学するということは、119年の洲本高等学校の歴史と伝統につながるということです。2日間のオープンハイスクールを体験することで、中学生ばかりではなく洲高の生徒たちも、2学期からの「学び」が深まり、成長することを期待しています。
同窓会の皆さまには、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2016年04月06日

 同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動に、多大なるご理解とご支援を賜っておりますことに、厚く御礼申し上げます。新しい年度が始まりました。全日制では23人の方(再任用・臨時的任用者含む)、定時制では4人の方を迎えました。新年度のはじめ、洲本高校のミッションとビジョンについて、全日制・定時制ともに教職員に話をしました。「どういう生徒を育てるか」という話です。

 私たちの課せられた教育のミッション(現在の教育課題)は二つあります。 
 (1) 格差の連鎖を断つ ~子どもの格差問題~ 
一つは「子どもの貧困」問題です。これはもう社会問題と言ってもよいくらいです。平成26(2014)年には「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行されました。教育には、資産格差、雇用格差、教育格差等から生じる貧困の連鎖を断ち、生まれ育った環境(経済的・文化的な環境)が、子どもの将来に与える影響を低く抑え、格差を低減させる役割が託されています。健全で、活力ある社会を、維持し、発展させるために教育に課せられている期待は大きいのです。
 (2) 社会の変化に対応する資質や能力の育成 
二つ目が、変化が激しく、予測の難しい社会で生き抜いていく資質や能力を身につけた「人財」を育成することです。21世紀に入り、内閣府の「人間力」(2003)、経済産業省の「社会人基礎力」(2006)、中央教育審議会の「社会を生き抜く力」(2013)、国立教育政策研究所の「21世紀型能力」(2013)と、様々な「○○力」が発表されています。これら「○○力」はすべて同じ危機意識から発しています。未知の問題に答えを見出す「思考力」、多様な価値観を持つ他者と協働して問題を解決する「実践力」を身につけた人財の育成です。そこで、今、学校では、「どのように学ぶか」という学びの質や深まりが問われています。

 こういう時代に求められる力とは、与えられた問題の解を、教えられた方法によって探し出す力では決してありません。与えられた問題の解を、自ら編み出した方法によって導き出す力でも不十分です。自ら自由に問題を設定し直して、新しい解を探っていく力。時には、所与の条件そのものを疑ってかかるような柔軟な考え方、問題の設定そのものを自ら設定し直す力まで求められます。言い換えれば、既存の社会や組織のシステムやフレーム、それ自体を変えていく力が求められるのです。その「力」の源こそが「教養」です。

 「教養」とは、英語で“liberal arts”といいます。誰かの指示でもなく、誰からも束縛されず、自分で判断して行動できる人間としての「自立」、そういう自立した人間に必要な知識・技術のことをいいます。また、私は、「教養」には二つの意味があると考えています。
 一つは、「思考・学びの教養」です。今、学んでいることは、その学問体系の中でどういうところに位置するのかがわかること(マッピング“mapping”力)です。もう一つは「行動様式の教養」です。英語では“decency”、立ち居振る舞いの適切さをいいます。教養のある人とは、自分がどういう場面で、どういう行動・振る舞いをすることが求められているかがわかっている人のことです。洲本高校で「洲高生らしく」というのは“decency”を身につけろということ、つまり「教養のある人になれ」ということなのです。

 まず、全日制についてです。この4月に洲本高校(全日制)に入学してくる生徒は、神戸の三つの学区と淡路学区が一緒になった、新しい第1学区の複数志願選抜制度2年目の生徒です。第1学区の複数志願選抜制度は、神戸・芦屋・淡路地区の普通科・普通科単位制・総合学科計25の高等学校を一つにして合否と合格校を決定します。洲本高等学校は第二志望とする者が一番少なく、入学者全員が第一志望で合格した数少ない学校の一つです。それだけ中学生と保護者の本校の教育力への期待が高いのです。その学校が第一志望か否かは、そこで学ぶ生徒の意欲に大きく影響を与えます。また、生徒は学ぶ環境から影響を受ける存在でもあります。そういう意味で、全員が第一志望で入学する洲本高校での、私たち教師の責任は大きいといわなければなりません。

 入学予定者の全員が第一志望といっても、神戸地区の進学校に匹敵する学力の生徒をはじめ幅広い生徒が入学しています。私は、成績上位の生徒もさることながら、それ以外の生徒の「学力の下支え」こそ、大切であると考えています。全ての生徒が学ぶ喜び、学ぶ意欲を失わない指導をお願いしています。全ての生徒が学ぶ意欲を失わない学習環境こそ、それぞれの持てる力を遺憾なく発揮できる原点だからです。この部分は、まさに専門職としての教師の力量が問われるところです。教育は英語でeducation、これは持てる力を外へ引き出すことを意味します。

 これからの授業では「どのように学ぶか」という学びの質や深まりが問われています。キーワードは「アクティブラーニング」です。「アクティブラーニング」とは、主体的・自立的・協働的学習のことを意味しますが、その中でも「協働的である」ことが重視されます。この「アクティブラーニング」を柱とする次期学習指導要領は、大学教育(大学入試)改革とセットとなっているのです。

 昨年は、家庭科の課題研究発表、保健の喫煙に関する授業、スポーツ探究類型の課題研究発表等を見せていただきました。そこで行われていた学びは、次期学習指導要領がねらいとする「アクティブ・ラーニング」でした。「アクティブラーニング」は何かこれまでと違う新しいことをしなければならないものではありません。本校ではすでにそれを実践しています。その中心が本校の総合的な学習の時間「しんか」です。3年生の2単位、進路、興味、関心に応じた12の講座で、個人やグループで課題の研究、発表が行われています。

 新しい年度も、「生徒の学ぶ意欲の向上」のために、(1)「生徒による授業評価週間(全・定)(6月、12月)」の全教科・科目で継続します。 (2)ロングテストを実施して、基礎・基本の完全習得を目指します。(3) 一週間の各教科の課題をまとめて課し、計画的な家庭学習週間を促すため「週課題」を実施します。(4)「しんか」(総合的な学習の時間)では、2年1単位、3年2単位で、課題を探究し、まとめ、発表する学習を実施します。(5)キャリア教育の一環として、1年で「職業探究ワークショップ」、2年で「学問探究ワークショップ」を実施し、外部講師を招き、現在の学びと自らの将来(キャリア)を意識させます。

 次ぎに、淡路島の唯一の定時制高校である洲本高校定時制に与えられたミッションです。本来、定時制は、「働く青少年に高校教育を保障するとともに、多くの有為な人材を育成する」という目的で設置されました。もちろん社会環境の変化の中で、現在では過年度卒業者や不登校経験生徒など多様な生徒を受け入れているのが現状です。しかし、設立以来変らないものがあります。それは、生徒たちに社会人として必要な基礎学力を定着させ、卒業と同時に社会で自立した人間を育てることを目指してきたことです。生徒たちに、社会で自立していく「力」をつけるという点は変ってはおらず、また変えてはならないものです。

 社会の変化に対応する、洲本高校定時制の取り組みのキーワードが「学び直し」です。洲本高校でいう「学び直し」には二つの意味があります。一つは、小学校・中学校で「学び残してきた部分」を、高校生としての発達段階をも配慮して、もう一度学ぶということです。あと一つは、何らかの理由で一度は高校を離れたけれども、やはり「高校で学びたい」「高校卒業の資格をとりたい」と考える人に、再び学ぶ機会を提供するという意味です。

 大切なのは、この高校生としての発達段階にも配慮してというところです。いくら小学校・中学校で「学び残した部分」があるといっても高校生です。生徒の学ぶ意欲を萎えさせないためにも、高校生としての発達段階と高校生であるという誇り(プライド)にも配慮した指導が必要です。この部分はまさに専門職としての教師の力量が問われるところです。何らかの事情で小中学校時代に学校に行くことができなかった人、一旦は高校を離れたけれども、やはり「学ぶこと」の大切さに目覚め、もう一度学びたいという人、そういう人にとって、洲本高校定時制は「学び直し」を保障する貴重な場であるわけです。そういう貴重な「学びの場」を提供することが、淡路島の唯一の定時制、洲本高校定時制に課せられたミッションなのです。

 私は、生徒たちに、まず学校に来る、そして授業をしっかり受けて学ぶ、さらには学んだ「成果」をいかし自らの将来への道筋をつける、と機会ある毎に話し続けてきました。私は、高校で学ぶということは、三つの点で成長することだと思っています。
 一つは「知識が増える」ことです。英単語や数学の公式等これまで知らなかったことを知るようになります。新しい「知識」が増えるのです。二つ目は、部活動、ボランティアという体験活動によって「視野が広まる」ことです。体験をつうじて自分とは違う行動や考え方をする人に出会います。そうすることで「そういう考え方もあるんだ」とか「こういう方法もできるんだ」と自分自身の考え方が広まるでしょう。それが「視野が広まる」ということです。三つ目は「意識が深まる」ということ。インターシップ、ボランティア等で仕事を任されることによって「しっかりしなくては」と思い、「もっといい方法はないか」といろいろ工夫します。それが「意識が深まる」ということです。そうなれば、それは誰かに命令されてする「受け身の仕事」ではありません。「自分の仕事」です。仕事を任され「もっといい方法はないか」と思案するとき、役に立つのがこれまで学んだ「知識」であり、自分とは違う行動や考え方の人と出会うことによって身につけた「視野の広さ」です。その域に達すれば、三つの成長が統合されます。それが高校で学ぶということです。

 校長は数年、先生方も長くても十数年で変わります。しかし、学校は何十年と変わるものではありません。むしろ変わってはならないものです。洲本高校の特色とは、創立以来119年の長きにわたって私たちの先輩が大切にしてきたものを守り伝えていく教育活動にあります。それを具現化したものが「至誠、勤勉、自治、親和」からなる教訓です。そういう歴史と伝統を持つ学校で学んだという事実が持つ「効果」は数値では計ることができませんが、人が生きていく上で一番大切なものである「自信」と「誇り」となります。フランスの小説家サン=テグジュペリが、彼の代表作『星の王子様』の中で「大切なものは、目に見えない(what is essential is invisible to the eye.)」といったとおりです。

 平成29年度には、本校は創立120年を迎えます。120年、変らずに大切に育んできた大切なものを次世代に大切に伝えていくことが、今を生きる私たちの勤めであると考えています。平成28年度も、この4月に新たに着任した者も含め教職員が一丸となって、明治30年創立以来119年にわたって営まれてきた本校教育の殿堂に、さらなる「黄金の釘(こがねのくぎ)」を打ち加えていく決意でありますので、同窓会の皆さまには、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2015年12月03日

 県立洲本高等学校の同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。

 6月28日の本校同窓会総会で、「運命の本」との知的な出会いを設定する「洲本高校セレンディピティ(serendipity)作戦」、「一押し本100選」の取り組みを紹介し、推薦本のお願いをしました。今回は、「洲本高校一押し本100選~未来をつくる一冊~」の完成の報告とそれとの関連で「ものごとをより広くとらえ、より深く考えるため」の読書についての話です。

 今(12月3日)、私の手元に「洲本高校一押し本100選~未来をつくる一冊~」という小冊子の原稿があります。「一押し本100選」は、今年度、県教育委員会が高校生の読書量を増やすための「ひょうご読書活動充実事業」の一環として、図書委員会の生徒が、生徒はもちろん教職員、保護者、同窓会に呼びかけて推薦いただいた本を100冊に絞り込んだものです。最近本を読まなくなったと言われている中高生が、読書が好きになった「きっかけ」のほとんどが「たまたま読んだ本が面白くて」だといいます。そのたまたま読んだ本が、自分の一生を左右する本になるかも知れません。それを「セレンディピティ(serendipity)」といいます。ふとした偶然から閃(ひらめ)きを得て、成功に至る「能力」のことです。

 今、世界と日本は、グローバル化や情報通信技術の進展、少子高齢化などにともなって変化が激しく、先行きが不透明なものになっています。こういう時代に求められる力とは、与えられた問題の解を、教えられた方法によって探し出す力では決してありません。与えられた問題の解を、自ら編み出した方法によって導き出す力でも不十分です。自ら新たに問題を設定し直して解を探っていく力、既存の社会や組織のシステムやフレーム、それ自体を変えていく力が求められます。そのために必要とされるのが「教養」です。「教養」とは英語で“liberal arts”といいます。“liberal”とは自由という意味で、誰かの指示でもなく自分で判断して行動できる人間としての「自立」をいい、“liberal arts”とは、そういう自立した人間に必要な知識・技術のことです。その「教養」の一つが「思考・学びの教養」です。今、学んでいることが、その学問体系の中でどこに位置するのかを理解することです。

 自分が、今、どういう「立ち位置」にいるのかを知るためには、自分と考え方や価値観を異にする人と交わることが必要です。キーワードは「多様性」です。しかし、実際には、自分と考え方や価値観を異にする人とそうそう交流できるものではありません。自分が直接経験することには限りがあるからです。それを補ってくれるのが「本を読む」ということです。哲学者のショーペンハウエルは「読書とは、自分の頭ではなく、他人の頭でものごとを考えることだ」と言っています。本来は「自分自身の頭で考えよ」という警句なのですが、私は「こういう考え方もあるのか」「こういう論の展開もできるか」という発見につながると思っています。ものごとをより広くとらえ、より深く考えるためヒントになるのです。それが本を読むまでは、自分自身も予想もしなかった「未来」につながることがあります。その取り組みが「洲本高校一押し本100選」です。さあ「未来をつくる一冊」に出会いましょう。今後とも一層のご支援・ご協力をお願いいたします。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2015年07月01日

平成27年度県立洲本高等学校同窓会総会

 県立洲本高等学校の同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。平成27年度総会がこのように盛大に開催されますことお祝い申し上げます。

 さて、5月8日、全日制、定時制ともに創立記念式を行いました。創立記念日は5月10日で、今年で118年(定時制は68年)の歴史と伝統を誇ります。全日制創立記念講演会では、筑波大学生命環境学群生物資源学類長の繁森 英幸教授(33期生)から、「『天然物化学』に魅せられて33年」と題して講演していただきました。定時制創立記念講演会は、司法書士の細川 良美さん(定時制15期)から「相続、あなたの取り分は?」と題して講演していただきました。

 繁森教授の演題「天然物化学(“natural products chemistry”)」とは、生物が産生する物質を扱う有機化学の一分野です。繁森先生が研究に入られたきっかけは、「ホタルはなぜ光るのだろう?」「アジサイの花の色はなぜ変わるのだろう?」「オジギソウの葉が閉じるのはなぜ?」という素朴な疑問からだそうです。素朴な疑問を大切にして研究に入られ、それを用いて生物の生命現象を化学的に解明する学問分野で活躍されているお話を伺いました。
 講演会では、デモ実験を交えて「天然物化学」の紹介をしていただき、生徒も先生の33年間の「天然物化学」研究について大いに興味を持ったことと思います。それを表わしているのが質疑応答です。3年生を中心に10人を超える生徒から手が挙がり、「研究テーマの選びかた」「」将来の進路相談」、はては講演内容にかこつけての「女の子をホタル狩りに誘いたい。どういうふうに誘えばよいか」というユニークな質問まで飛び出しました。すると繁森先生は、「ホタルは雄と雌で光る時間の間隔が違うからゆっくり見ようね」とユーモアを交えて答えていただきました。本当に一人ひとりに丁寧にお答えいただきました。

 その後、繁森先生から礼状のお返事をいただきました。少し長くなりますが、本校がどのような生徒を育てようとしているかの一端がお分かりいただけると思いますので、その一部を紹介いたします。

 …講演については、化学や生物に余り関心のない生徒もいたと思いますが、熱心に耳を傾けている生徒も多く見られとてもよかったです。講演の最後では、活発に多くの質問をしてくれて、中には核心をついたものもありとても驚きました。これまで数々の進学校に出前講義を行って参りましたが、これだけ物怖じせず大胆でかつユニークな質問を受けたことはありませんでした。洲高の校風の表われではないかと思いますし、そのような場所で学んでこられたことにとても誇りを感じました。…

 今、世界と日本は、グローバル化や情報通信技術の進展、少子高齢化などにともなって変化が激しく、先行きが不透明なものになっています。そういう時代に求められる「力」こそが「教養」です。「教養」とは、英語で“liberal arts”といいます。“liberal”とは自由という意味で、ここでいう自由とは、誰かの指示でもなく、誰からも束縛されず、自分で判断して行動できる人間としての「自立」をいい、“liberal arts”とは、そういう自立した人間に必要な知識・技術のことをいいます。

 前回もお話ししましたが、私は、「教養」には二つの意味があると考えています。
一つは、「思考・学びの教養」です。今、学んでいることは、その学問体系の中でどういうところに位置するのかがわかることです。当該の教科・科目の「学問」の中で、自分がいる場所を俯瞰する力(マッピング“mapping”力)です。「マッピング」とは、地図上の点に「私がいる場所」の印をつけること。今、学んでいる「自分の立ち位置」を知ることです。
 もう一つは「行動様式の教養」です。英語では“decency”といい、立ち居振る舞いの適切さをいいます。教養のある人とは、自分の立場がわかっている人のことをいいます。自分がどういう場面で、どういう行動・振る舞いをすることが求められているかがわかっている人のことです。洲本高校で、「洲高生らしく」というのは“decency”を身につけろということ、つまり「教養のある人になれ」ということです。

 「知識」はある意味教え込むことができます。「技能」もある程度伝えることはできるでしょう。しかし、「疑問を持つこと」や「ものごとの考え方」は決して教え込むことはできません。それは、疑問を持つことや失敗をおそれず人前で発表することを大切にする「教える者の姿勢」の中からしか学ぶことができないのです。創立記念講演会で一斉に質問の手が挙がる、講演の内容にかこつけて「女の子の誘い方」を質問できるユーモアと余裕、これが洲本高等学校が育てようとしている子どもたちです。いや、正確にいうならば、これまで洲本高等学校が行ってきた人づくりです。そういう歴史と伝統を持つ学校で学んだという事実が持つ「効果」は具体的な数値で計ることができませんが、人が生きていく上で一番大切なものである「自信」と「誇り」となります。フランスの小説家サン=テグジュペリが、彼の代表作『星の王子様』の中で「大切なものは、目に見えない」といったとおりです。
 洲本高等学校は、創立以来これまでの118年、そんな学校であり続けてきましたし、これからもそんな学校であり続けなければなりません。
 Always has been, and always will be. なのです。
 今後とも一層のご支援・ご協力をお願いいたします。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2015年04月21日

 県立洲本高等学校の同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。新しい年度が始まりました。毎年、春という季節は、「出会いと別れの季節」でもあります。全日制では16人の方(再任用・臨時的任用者含む)、定時制では5人の方(同)を迎えました。

 新しい年度のはじめにあたって、洲本高校のミッションとビジョンについて教職員に話をしました。「どういう生徒を育てるか」という話です。
 まず、全日制です。全日制においては、この4月に入学した70期生は、神戸市と芦屋市の三つの学区と淡路学区が一緒になった、新しい第1学区の複数志願選抜制度を経て入学する初めての生徒です。第1学区の複数志願選抜制度は、神戸・芦屋・淡路地区の普通科・普通科単位制・総合学科計25の高等学校を一つにして合否と合格校を決定しました。洲本高校は、入学者の全員が第一志望で合格した数少ない学校の一つです。その学校が第一志望か否かというのは、その生徒の学ぶ意欲に大きく影響を与えます。また、生徒は学ぶ環境から敏感に影響を受ける存在でもあります。そういう意味では、全員が第一志望で入学した洲本高校での、私たち教職員の果たす責任は大きいのです。

 さらに、新第1学区での複数志願選抜で洲本高校に合格した生徒も、これまでの淡路学区での単独選抜の時と比べかなり「変化」しました。全員が第一志望での合格者ですから、入学者の学力は全体的に当然上がっています。しかし、その一方で、神戸地区の伝統校・進学校に匹敵する学力の生徒を含め、生徒の学力のばらつきに幅広いものがあることは事実です。私は、そういう生徒も含めて、全ての生徒の「学力の下支え」こそ、大切であると考えています。私たちは、成績上位の生徒も、そうでない生徒も、全ての生徒が「学ぶ喜び」、「学ぶ意欲」を失わない指導を丁寧に進めていかなければなりません。全ての生徒が学ぶ意欲を失わない学習環境こそ、それぞれの生徒が「持てる力」を遺憾なく発揮できる原点だからです。教育は英語で“education”いいます。これは持てる力を外へ引き出すことを意味しています。

 複数志願選抜の実施にあたって、県教育委員会は、各学校の特色をつくり、特色化を進めて下さいと盛んに喧伝していました。確かに複数志願選抜だけではなく、志望校の選択にあたっては、各高等学校の特色を知ることが大切です。私は、「特色」・「特色化」とは、これまでその学校が大切にしてきたものを意識化し、それを意図して言明するだけのことだと考えています。それは詰まるところ「どういう生徒を育ててきたか」「そのために何を大切にしてきたか」という歴史や伝統をもう一度再確認しましょうということに過ぎません。

 校長は数年、先生も長くて十数年で変わります。しかし、学校は何十年と変わるものではありません。むしろ変わってはならないものです。洲本高校の特色とは、創立以来118年にわたって私たちの先輩が大切にしてきたものを守り伝えていく教育活動にあります。それを具現化したものが「至誠、勤勉、自治、親和」からなる教訓です。そういう歴史と伝統を持つ学校で学んだという事実が持つ「効果」は数値では計ることができませんが、人が生きていく上で一番大切なものである「自信」と「誇り」となります。フランスの小説家サン=テグジュペリが、彼の代表作『星の王子様』の中で「大切なものは、目に見えない」といったとおりです。「歴史」や「伝統」を知らずして「自信」と「誇り」を持った人間が育つはずがありません。

 今、世界と日本は、グローバル化や情報通信技術の進展、少子高齢化などにともなって変化が激しく、先行きが不透明なものになっています。しかし、「変化が激しい」とか「価値観の多様化」というのは、20年も30年も前からいわれていました。私には、そういう言葉を使うことによって、いずれが正しい進路なのか指し示すことから生じる責任やリスクを回避しているように思えてなりません。むしろ、別の言い方をすれば、誰もがいずれが正しい進路か指し示す自信を失っている時代なのです。私は、こういう時代に求められる力とは、「与えられた問題」の解を、「教えられた方法」によって探し出す力では決してない。「与えられた問題」の解を、「自ら編み出した方法」によって導き出す力でも不十分。自ら自由に問題を設定し直して、新しい解を探っていく力。言い換えれば、既存の社会や組織のシステムやフレーム、それ自体を変えていく力が求められると思っています。そういう時代に求められる「力」こそが「教養」なのです。

 「教養」とは、英語で“liberal arts”といいます。“liberal”とは自由という意味で、ここでいう自由とは、誰かの指示でもなく、誰からも束縛されず、自分で判断して行動できる人間としての「自立」をいい、“liberal arts”とは、そういう自立した人間に必要な知識・技術のことをいいます。また、私は、「教養」には二つの意味があると考えています。
 一つは、「思考・学びの教養」です。今、学んでいることは、その学問体系の中でどこに位置するのかがわかることです。当該の教科・科目の「学問」の中で、自分がいる場所を俯瞰する力(マッピング“mapping”力)です。「マッピング」とは、地図上の点に「私がいる場所」の印をつけること。今、考えたり、学んだりしている「自分の立ち位置」を知ることです。
 もう一つは「行動様式の教養」です。英語では“decency”といいます。「立ち居振る舞いの適切さ」を意味します。教養のある人とは、自分の立場がわかっている人のことをいいます。自分がどういう場面で、どういう行動や振る舞いをすることが求められているかがわかっている人のことです。洲本高校で、「洲高生らしく」というのは“decency”を身につけろということ、つまり「教養のある人になれ」ということです。

 次ぎに定時制に与えられたミッションです。本来、定時制は、「働く青少年に高等学校教育を保障するとともに、多くの有為な人材を育成する」という目的で設置されました。定時制発足以来、68年の歴史を刻み、社会環境の変化の中で、過年度卒業者や不登校経験生徒など多様な生徒を受け入れているのが現状です。その結果、社会性や基本的な生活習慣を身につけさせると同時に、社会人として必要な基礎学力を定着させる等、定時制教育が果たす役割も変化してきています。

 そういう変化に対応する、洲本高校定時制の取り組みをあらわすキーワードが「学び直し」です。洲本高校でいう「学び直し」には二つの意味があります。一つは、小学校・中学校で「学び残してきた部分」を、高校生としての発達段階をも配慮して、もう一度学ぶということです。あと一つは、何らかの理由で一度は高校を離れたけれども、やはり「高校で学びたい」「高校卒業の資格をとりたい」と考える人に、再び学ぶ機会を提供するという意味です。毎年、生活体験発表会の県大会出場者の原稿には、洲本高校定時制に出会うまで、自らの居場所、自分自身がしっくりとくる「学びの場」を求めて彷徨っていた小中学校時代の日々を、赤裸々に綴ってくれたものもあります。小中学校時代になかなか学校に行くことができなくて、やっと見つけた自分自身が落ち着いて学べる場、安心して友だちとつながることができる居場所、それが洲本高校定時制だったと語ってくれています。何らかの事情で小中学校時代学校に行くことができなかった人、一旦は高等学校を離れたけれども、やはり「学ぶこと」の大切さに目覚め、もう一度学びたいという人にとって、洲本高校定時制は「学び直し」を保障する貴重な場であるわけです。そういう貴重な「学びの場」を提供することが、淡路島の唯一の定時制、洲本高校定時制に課せられたミッションです。

 私は、生徒たちに、まず学校に来る、そして授業をしっかり受けて学ぶ、さらには学んだ「成果」をいかし自らの将来への道筋をつける、と機会ある毎に話し続けています。洲本高校定時制は、その魅力・特色を「できる」「わかる」「つながる」の3つのコンセプトで説明できます。まず、学校に来れば、小中学校の時に学び残してきたものを学び直すことができる。さらには、一旦は学校を離れてしまったが、もう一度学びたいと思う人は再び学び直すことができるのです。これが「できる」です。学校に来て授業を受ければ、少人数で丁寧な先生の指導により、授業内容がわかるようになります。また、授業以外のホームルーム活動等をつうじて、ソーシャルスキルトレーニングを学び、相手の気持ちもわかるようになります。これが「わかる」です。そして、体育祭、文化祭、ボランティア活動、生徒会活動等の様々な学校行事によって、友だち、先輩、先生、さらには地域の人たちとつながっていきます。そしてそういう人たちとのつながることによって視野が広まり、責任感などの意識が深まり、そのことで自らの将来に道筋がつき、自分の未来につながるのです。それが「つながる」です。こういう「できる」「わかる」「つながる」を三つのコンセプトとした教育活動を展開していくことが、「学び直し」という「ミッション」の達成のために、学校が目指す姿や形、教育内容を具体化した「ビジョン」です。

 平成27年度も、この4月に新たに着任した者も含め教職員が一丸となって、明治30年創立以来118年にわたって営まれてきた本校教育の殿堂に、さらなる「黄金の釘(こがねのくぎ)」を打ち加えていく決意でありますので、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2014年12月12日

 県立洲本高等学校の同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。
 11月22日(土)、東京霞ヶ関ビル35階の東海大学交友会館で、洲本高等学校同窓会東京支部総会がありました。今年(平成26年)は、洲本高等学校同窓会東京支部設立10周年の記念すべき年にあたります。淡路からは、永田 秀一 同窓会副会長(県議会議員)、坪内 隆佳 同窓会専務理事、野口 哲司 同窓会常務理事と校長(私)が出席しました。私は昨年に引き続き出席です。今年の参加者は約60名。かなり大先輩にあたる同窓生から若い人まで多彩な年齢層の方々が参加されていました。

 総会は、予算・決算の議案を審議した後、講演会と続きます。今年の講演会の講師には、永田 秀一副会長にお願いし、永田副会長の祖父にあたる 永田 秀次郎(俳号は「青嵐」)先生の生き方についてお話しいただきました。ご存じのように、永田 青嵐先生は、淡路島の三原郡(現在の南あわじ市)出身で、旧制県立洲本中学校第三代校長にして、関東大震災時の東京市長(当時、東京都はまだなく東京府、現在の23区が東京市だった)、貴族院議員、鉄道大臣、拓務大臣等を歴任したふるさと淡路の偉大な先輩であります。

海晴れて 松風清き 丘の上に 正しき者の 墓と呼ばれむ  
                                        青嵐
 
 永田青嵐先生は、関東大震災時の東京市長や数々の大臣等、政府の顕官・顕職を歴任されたふるさと淡路の大先輩ということはよく知られています。今回のお話では世間によく知られているそういった華やかな面よりも、旧制高校(第三高等学校)卒業後、田舎に隠棲したような状況になっていた青嵐先生が、26歳の若さで洲本中学の校長に着任し、紛争を解決したこととか、関東大震災で亡くなられた方の冥福を祈るため、市長退職金の全額を拠出して高野山に震災記念堂を建立したこと、第二次世界大戦の勃発のため中止となった、幻の昭和15(1940)年の東京オリンピック誘致活動の話など、隠されたエピソードを紹介していただきました。

 特に圧巻は喜劇王チャールズ・チャップリンとの交流です。チャップリンが来日した時に会いたい人物がなんと永田青嵐であったこと。彼に今まで一番気に入った映画はと尋ねると即座に「the last one」と答えたことを「芸術家は全てこの気持ちでなければならない」とこの言葉を終生気に入っていたといいます。

 懇親会では、私は、本校2年生が毎年8月に行う、東京大学や中央官庁、筑波の研究施設を見学する「未来探究東京ツアー」に毎年多大にお世話になっているお礼と、神戸・芦屋市と学区が一緒になる中で頑張っている洲高の現状をお話ししました。また、野口先生からはボート部、陸上競技部、邦楽部等活躍するクラブ活動を報告していただきました。

 懇親会も、自治と自由な校風を標榜する洲本高等学校らしく、支部長、校長といっても特別の席が設けられるわけではありません。卒業年次毎のテーブルに座ります。洲高の卒業生ではない私も、該当する卒業年次のテーブルに座わるのです。その辺りが形式にこだわらない洲高の自由な校風が出ています。その席ではたくさんの方と仲良しになりました。また、昨年の東京支部総会・懇親会にも出席して旧知となった洲高卒業生の方々と再会し、楽しい時間を持たせていただきました。
 その場の名刺交換などでは、筑波大学の生物学類の先生に来年の「未来探究ツアー」に協力していただけるというおもわぬ成果もありました。早速、学校に帰り学年主任と担当の先生に連絡していただくようにお願いしました。

 洲本高等学校同窓会の懐の深さとOBの方々の母校愛を目の当たりにして、私も含め、現在洲本高等学校に勤めている教職員と現在洲本高等学校で学んでいる者たちの責任に対して思いを新たにしたところです。これが「歴史を創ること」につながります。今日の洲本高等学校を作られてきた方々への責任を、今、現在の私たちが果たすこと、これが10年、50年、100年後の洲高の歴史になるのです。同窓会の皆さまには、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2014年07月01日

 本日は、平成26年度県立洲本高等学校同窓会総会がかくも盛大に開催されますこと、心よりお喜び申し上げます。同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。

 平成26年度が始まりました。4月8日には69期生240人が入学しました。この69期生は、昨年9月の進学希望調査で324名、3月の学力検査では定員を13人上回り、志願変更の段階でも他に定員を満たしていない高校があるなかでも定員を7人超える受検生が本校を志願してくれました。69期生240人は、そういう学力検査を経て入学した生徒たちです。私どもとしてはありがたいと同時に責任の重さを感じております。

 5月9日に創立記念式と記念講演会を行いました。記念講演会では、本校平成10年卒(第50期生)のアーティストの清川あさみさんと漫画家の藤堂 裕さんの対談でした。題名は「未来の作り方」。お二人は高校時代を振り返り「洲高はとても自由な学校だった。先生方も生徒の自主性を温かく伸ばしてくれた」と語ってくれました。

 自由と放縦はしばしば混同される概念ですが、自由と放縦とは全く別の次元のものです。外見の自由は決して内面の放縦を意味していません。自由と放縦、それを分かつものは内面化された規律です。お二人は、人間として、高校生としてあるべき姿と厳しい生き方を追求する洲高での三年間の「学び」をとおして、内面の規律を身につけられたのです。これは洲高の教育の成果なのです。それを担保しているものこそ、明治30(1897)年創立、117年におよぶ歴史と伝統であると私は考えております。

 私は、昨年4月の着任以来ことあるごとに歴史と伝統という話をしています。いずれの国にも歴史があります。それぞれの地域にはそれぞれの地域の歴史が、我が家には我が家の歴史が、私たち一人ひとりにも私たち一人ひとりの歴史があります。そして、それぞれの学校にはそれぞれの学校の歴史があるのです。歴史とは教科書に記されている事実ではありません。それぞれの国が、地域が、家族が、そして個人が、学校が大切にしてきたものの総体です。ある人はこのことを、国柄といったり、地域性といったり、古風な表現ですが家風といったりします。学校の場合は校風です。

 先ほどの清川あさみさん、藤堂裕さん、先日学校に突然おいでになったキムラ緑子さん、そしてなによりもこの場にご参集の皆さま自身が、洲高といえば自由な校風と異口同音にお答えになるでしょう。この時を経て、時代を超えて同じ学校を卒業したもの同士をつなぎ止めていく紐帯こそ、歴史であり伝統なのです。

 「母校」とは学んだ学校の美称です。英語では「alma mater (アルマ・メイター)」といいます。もともとラテン語で「恵み深き母」を意味し、転じて「母校」となったものです。日本語の「母校」と同じ語感を持つことばなのです。「人は二度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために」(『エミール』)といったのはルソーでしたが、この二つのことを合わせて考えてみると、「人として生きる」いわゆる「第二の誕生」に係わるのが高校教育です。しかも、その教育は、どこにでもある教育ではない、洲本中学、淡路高女、洲本高校の117年間、連綿と続いてきた「子どもたちの未来をつくる」歴史と伝統のある教育です。それは、至誠という校訓のもと、その時一瞬一瞬、「永遠の今」を大切にしてきた教育です。

 創立記念式で話しましたが、県立洲本高等学校は、兵庫県下にあまたある他の高等学校とは違う一つの大きな特徴を持っています。それは「設立された」とか「創立された」、「作られた」というように「受け身形」で語ることのできない存在であるということです。それは、洲本を中心とした淡路の人々の「教育」や「学ぶこと」に対する凄まじいまでの欲求、学びに対する真摯な渇望、魂の叫びが、学校を作ろうという運動を呼び起こし、その運動の成果が実を結んで、生まれた学校だからです。洲本中学校も、淡路高等女学校も、洲本高等学校定時制もそうでした。洲高117年の歴史で、そういう運動は三度もありました。

 洲本高等学校は、創立以来117年そんな学校であり続けてきました。そして、これからもそんな学校であり続けなければなりません。Always has been, and always will be.なのです。私たち世代に課せられた使命は、洲本高等学校創設の精神を受け継ぎ、さらに次の世代にそれを受け渡していくことです。それが歴史であり、伝統であり、それを守り伝えていくことが、今を生きる私たちの「使命」であり「誇り」なのです。

 今、ふるさと淡路は、平成27年度入試からの学区の拡大問題で揺れています。そういう時期だからこそ、洲高が明治30年の創立以来117年間、営々と果たしてきた「人づくり」の歴史、伝統を、強調し大切にしていかなければなりません。私が昨年の着任以来、ことさらに意図して「歴史」を語るのはそういう意味です。自分は何者で、どこから来たのかは、自分がどこに向かうのかを考える際の指針です。それがあるから未来が描けるのです。
 同窓会の皆さまには、これまで以上のご支援をお願いするとともに、洲本高等学校、洲本高等学校同窓会の益々の発展を祈念いたしまして、私の挨拶と致します。
 本日は誠におめでとうございます。

ご挨拶 学校長 越田 佳孝

2014年06月17日

歴史を創る 第53回洲高文化祭

 県立洲本高等学校の同窓会の皆様には、日頃から本校の教育活動にご理解と多大なるご支援を賜っておりますことに厚く御礼申し上げます。
 6月12日と13日の2日間、第53回県立洲本高等学校文化祭を開催しました。文化祭のテーマは「新しい歴史は僕らの手で」。以下は開会式での私のあいさつです。

 ただ今、第53回洲本高等学校文化祭が開催されました。テーマは「新しい歴史は僕らの手で」。なんと気宇壮大で、素晴らしいテーマでしょう。生徒会で募集して、決定したとのこと。もう一度テーマをいいます。「新しい歴史は僕らの手で」。今、洲本高等学校に学ぶ私たち自身が、洲本高等学校の「歴史」を創るのだという「誇り」と「気概」を感じさせるテーマです。生徒会長の狩野君は、先ほどの開会宣言を「未来を創ろう」と結びました。「歴史を創る」とは過去のことではなく、現在とそれにつながる未来を創ることです。

 いずれの国にも歴史があります。それぞれの地域にはそれぞれの地域の歴史が、我が家には我が家の歴史が、そして私たち一人ひとりにも私たち一人ひとりの歴史があります。歴史とは教科書に記されている事実ではありません。それぞれの国が、地域が、家族が、そして個人が大切にしてきたものの総体です。生徒会長の狩野君が言うように、未来を創るためには、今はどうなっているのか、これまではどうだったのかということを真摯に学ぶ必要があります。私たちの国が、私たちのふるさとが、私たちの家族が、そして私自身が大切にしてきたものを理解して、それに敬意を払う。それが歴史を創る第一歩です。

 これまでの歴史は、初めから「歴史を創ろう」と意図した営みが歴史になったことなどは皆無といってよいでしょう。現在、教科書や歴史書に載っている、それ以降の社会に大きな影響を与えたとされる「歴史的出来事」も、実際はその時その時の「今」を真剣に生きてきた営みの結果です。それを後の時代の人たちが振り返って「歴史を創った出来事」と称しているのです。日本史教科書に出てくる明治新政府の国家体制を作ったとされる坂本龍馬の「船中八策」もそうです。龍馬が長崎から京都へ向かう船の中で、まずは土佐の山内容堂に、将軍に大政奉還を建言させるため、大政奉還後どうするかを必死に考え作ったものです。

 さて洲本高等学校の歴史です。洲高の前身、淡路高等女学校の初代校長川路寛堂先生は、日本で初めて女学校教育に水泳を導入したことで歴史に残っています。川路先生の祖父は江戸幕府の勘定奉行川路聖謨(としあきら)で、幕府に殉じて自決。その孫の太郎が外務省・大蔵省を経て教育者に転じ、初代淡路高等女学校の校長になったのです(吉村昭『落日の宴』講談社1996)。彼は当時の女子教育にとって何が大切かを考え、大方の反対をものともせず水泳を取り入れました。まさにその一瞬一瞬「今」に誠実であろうとしたのです。それが「歴史を創ること」につながるのです。洲本高校の校訓の「至誠」今一度かみしめましょう。今この瞬間の皆さんの「至誠」が、10年、50年、100年後の洲高の歴史になるのです。

 同窓会の皆さまには、今後とも一層のご支援を賜りますようお願い申し上げます。


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